ベス単レンズとは(詳細)
 ★ VPKカメラ
VPK  1912〜26年(日本の大正時代)に米国イーストマン・コダック社が製造・販売したベスト・ポケット・コダック(Vest Pocket Kodak)カメラのことを略してVPK(カメラ)とよんでいる。ベスト判(127)のロールフィルムで6.5cmx4.5cm(名刺判)サイズの写真が12枚撮影できる人気カメラで、たたむとチョッキ(Vest)のポケットに入るくらい小さく、15年間に180万台も売られたというベストセラー機だ。VPKの終焉期、1925年にようやく小型精密カメラ、A型ライカがドイツで生まれた。VPKはそんな時代のカメラである。

 ★ ベス単レンズ
 VPKカメラのレンズは単玉であることからこう呼ばれている。焦点距離が約72mm、明るさF8の単玉のメニスカス型レンズが付いている。単玉レンズといっても「むしメガネ」とは違ってきれいな写真が撮れる要素をもっている。今風にいえば1群2枚構成の貼り合わせレンズである。メニスカスとは三日月のことで、普通のカメラとは逆にレンズ凹面が被写体に向いていて、絞りがレンズの前に付いているのが特徴だ。絞りをレンズの前(被写体側)に配することで像面歪曲を少なくし、張り合わせで色収差を解決、絞りを適度に絞って球面収差を抑えることで、いわゆるAnastigmat(アナスチグマット=無収差)レンズの要素を持っている。VPKカメラ レンズ構成
 シャッターには絞りの前に小さな穴のあいたリング状金具が取り付けてある。フードと呼ばれている。絞りが必要以上に開かないようにメーカーが利用口径を制限しているのだ。フードはねじ込み式で簡単に取り外すことができ、邪道ながらレンズを裸に近い開放で撮ることができ、球面収差がもろに出てボケボケの写真になる。実はボケ写真ではなく優秀なソフトフォーカスレンズになる、いわゆる「ベス単フード外し」として戦前から知られている手法である。これらの優秀なレンズを設計したイーストマン・コダック社の技術者たちは草葉の陰で苦笑していることだろう。
 VPKカメラで写真を撮るにはシャッターの最高速が1/50秒しかなく、フードを外して撮るには露出のコントロールが難しいので、今ではレンズだけを一眼レフに取り付けてベス単描写を楽しむのが一般的である。
 VPKカメラは小型ながら6.5cmx4.5cm(名刺判)サイズの撮影が可能なイメージサークルがあり35ミリカメラでは中心のおいしいところだけを使うことになる。デジイチのAPS-Cサイズではなおさらである。このレンズはコダックの指定通りに絞って撮るとシャープでも柔らかい像を結ぶ(F8〜F35)。参考文献「愛されるベス単」(秋谷方、鈴木八郎共著、朝日ソノラマ刊、1977年初版発行)

 ★ 一眼レフへの取り付け VPKからシャッター・アセンブリーを取り外すには、蛇腹をたたんだ状態でボディ後部の円形のフタを外し、中の20mm径のリング状のネジを弛めて外せば、カメラの前から簡単に引き出すことができる。戻すときはこの逆をやればいい。一眼レフのヘリコイドへの取り付けはボディキャップなどレンズボードの中心に20mm径の穴を開け、後ろからリング状ネジを締めるだけ、いたって簡単である。ペンタックスkマウントの場合、Helicoid Extenshon Tubeを使えばボディキャップにシャッター・アセンブリーを取り付けるだけでことが済む。殆ど無調整で無限遠から30cmくらいまでピントがくる。

 ★ VPKカメラのフードと絞り

 当時のコダックご自慢のボールベアリング・シャッターは、T、B、1/25、1/50秒の速度選択ができる。シャッター・アセンブリ−ごと一眼レフに利用するので、T(Time)を使ってシャッターを開いたままにすればカメラ本体の高速シャッターで露出のコントロールが容易にできる。
 上の絵の左の2枚はフードの様子、右の3枚は絞りの状態を示したものだ。フードの穴は絞りをNo1にセットした時と同じ大きさで絞り値はf8、これ以上開かないように制限するのがこのフードの目的である。すなわちVPKカメラの開放F値はf8ということになる。
 このボールベアリング・シャッターにはNo1〜4の絞り番号がふってあり、
 絞り位置  用途
 No1 (f 8)  雨天や曇りの屋外撮影用
 No2 (f 11)、No3 (f 22)  晴天の屋外用
 No4 (f 24)  海岸や開けた風景用
 とレンズ全面の金属板に刻印されている(上は日本語訳、絞り値は計算でだしたもの)。
 No1(f8)では被写体によってはフレアっぽく写ることもある。フードを外して絞りをさらに左に動かすと(写真右端)、羽根は最大に開きF値はf6.3くらいまで明るくなりかなり球面収差(フレア)が目立つようになる。「ベス単フード外し」のソフトフォーカスレンズとして利用されるのがここ(F6.3)からNo1(f8)の領域である。
 各絞りの径を正確に計ってみるとNo1=9mm、No2=7mm、No3=4.8mm、No4=3mm、そして最右端(最小絞り)は2mm、最左端のフルオープンでは11.5mmある。焦点距離を72mmとして絞り値を計算すると、No1=f8、No2=f10、No3=f21、No4=f24、最右端はf35、フルオープンはf6.3になる。ちなみにレンズ裸の口径は13.5mmなのでf=5.3という計算になる。
 VPKカメラ以外のブローニーカメラではレンズの口径は同じでも焦点距離が長くなるので絞りの値はf11〜f48と暗くなる。

 ★ ベス単レンズによる撮影  撮影するときはVPKのシャッターは使わず、T(タイム)の位置にセットしてシャッターをあけておく。
 「愛されるベス単(朝日ソノラマ社刊)」に紹介されている絞りの位置は、写真のようにフードの穴を広げて(またはフードを外して)、絞りをいっぱいに開いたところを 、本来の絞り の中間を 、さらに の間を と分かりやすく名前が付けられている。このときF値 はF=6.3、 はF=7、 はF=7.7くらいになる。カメラ本来の絞り はF=8、絞りはF=10、はF=21,はF=24で、最高に絞り込むとF=35くらいになる。
 一般のポートレートでの目安は、
  1.     顔のアップ
  2. A〜B  半身像
  3. C〜1  遠景
 となるが、これは好みの問題でもあり各人でソフトの具合を目で確認しながら撮影するのがベストである。結果をモニターで確認するのもオススメだが、小さなモニター画面ではフレアはなるべく少なめにしておかないとプリントするとボケボケになってしまうことがある。
 ピント合わせはハイライトのフレアの中に芯をしっかり確認すること、主題の被写体に対してほんの少し前ピンぎみにすることがコツである。遠景は絞りを開けすぎると絵にならないし、下手すると単なるボケ写真になってしまうので多少慣れが必要になる。
 この種のレンスは近景でも遠景でもフレアの出方(白が暗部にカブる)が一定なので、近接ではソフト効果が薄く、遠景ではボケボケに見えることになる。VPK本来の絞りの番号2〜4で撮るとシャープでもやわらかい描写になるので捨てがたい。

 ★ 何故ベス単か
 ベス単描写の魅力にハマッて30年以上になる。前述の「愛されるベス単」という本を買ったのがこのビョーキの始まりである。当時、市販のソフトレンズは少なく、あっても高価だった。VPKは通販で5〜30ドル、これにヘリコイドを買っても、数千円で本格的なソフト描写が楽しめるのである。いろいろ撮っているうちにベス単にしかない独特の滑らかな描写があることもわかってきた。深度が深くピントの合わせ方によって描写が全く違ってくるのも面白い。奥の深い飽きないレンズだが使いこなすのは難しい。

 ★ ブロ単
 コダックブローニーカメラは焦点距離が100〜120mm、開放F値がF11くらいの単玉レンズのついた大名刺判のロールフィルムカメラである。このレンズを借用してソフトフォーカスを楽しむのが「ブロ単」の俗称で知られている。VPKカメラと同じサイズのボールベアリング・シャッターを使ったものが多く、レンズ口径もVPKと同じなので焦点距離の長い分開放の明るさは暗くなる。フードを取り払った開放でも35mmカメラではフレアはあまり期待できない。もっとも、「ブロ単」は35mmカメラより中判カメラ(6x6判や6x9判)に付けるのが普通で心配することはないのかも知れない。VPKカメラに限らず当時のコダック蛇腹カメラに採用されているボールベアリング・シャッターにはみなVPK同様のフードが付いている。

 ★ 出どころ不明のレンズ
 あるとき、長い間その存在すら忘れていたジャンク箱にあった単玉レンズの焦点距離を測ってみたら90mm近くで、明るさはF5.6くらいあることがわかった。レンズ口径はベス単レンズより一回り大きい(14.5mm径)。どんなカメラに付いていたかは定かでないが造りからみて1900年代初めのコダック・ブローニーのものらしい。このレンズ、35mmカメラんで撮影してみるとベス単のような滑らかなソフト効果のあることがわかったので、ライカのエルマー9cmF4の鏡胴に付けて「タンバール・モドキ」として使っていた。ライカの名玉エルマー9cmF4は先端のレンズ部分が鏡胴からネジで外れるようになっているので、鏡胴だけを借用した次第だ。タンバール(90mm f2.2)とは旧型ライカのソフトレンズであるが、高価でしかも入手難のためライカ用ソフト・レンズとして自作したものだ。
 この自作した先端部分をペンタックスのHelicoid Extenshon Tubeに付けたら労せずデジイチ用ソフトレンズができた。明るさは、かぶせ絞りを自作してコントロールしている。開放F値はf6.2の計算になる。
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