ライカM3購入記


 ライカM3と出会ったのはもう30年以上も前のことです。当時私は大学を出たばかりの中小企業のフレッシュマンでした。勉強の代わりに4年間鍛えた麻雀の腕を買われて時々社長のお供で接待麻雀を打っていました。そんなある日社長が「得意先のドイツ駐在員が帰国するが何を頼んだらいゝと思うか」、冗談ともつかぬ調子で聞くので「ドイツならライカM3でしょう」軽く冗談のつもりで応じておきました。免税の舶来品を買ってきてもらうのが当時限られた人の貴重なチャンスでもありました。一週間ほど経ってこの社長が化粧箱に入ったM3を持って私のデスクにやってきました。「今日はいゝからこれを頼むョ」、要は仕事はいゝから取説を読んで使い方を教えろということでした。フィルムを詰めてくれということだったかも知れません。おかげで新品ライカM3を一日有給でいじらせてもらうことになりました。中小企業のよさというか、まだよき時代だったのです。

 この社長は当時F0.95付きのキャノン7が自慢で、誇らしげに愛娘の写真を見せてくれたことを覚えています。暗室の必要性を説いて用具一式を社費で買わせることを忘れませんでした。印画紙その他の消耗品が社の経費になるのは薄給の身には有り難いことでした。社長の愛娘のショットを大伸しにしてあげたことはいうまでもありません。ちなみに当時の私のカメラといえば月賦で買ったミノルタSR7で、大口径のSLRを嬉しがって使っていたと思います。

 しばらくしてこの会社とはバイナラすることになり、その後あの社長がずっとM3を愛用したかどうかはわかりません。在社中にはM3のネガを伸ばした記憶がないので、フィルムの装填が面倒なだけに、私が入れてあげた一本だけに終わったのかも知れません。F2よりF0.95の方がよく写るという感覚の持ち主でしたから。月給が2万円に満たない時代にあのM3にいくら払ったのか気になるところです。

 数年前の夏カリフォルニアの中古ショップでM3を買いました。455ドル、当時のレートで6万円ちょっと、中古とはいえ生まれて初めてM3のオーナーになったのです。このライカM3はカリフォルニアの強烈な太陽のもとでは十分使えたのですが、帰って使ってみると二重像が薄く少々がっかりしました。素人が安いからといって手を出すべきではないという教訓もこの時思い知りました。思案の末修理に出すことにしたところ、ファインダーはアセンブリーごと新品と交換する以外手がないと言われました。それも仕方ないかとも思いましたが買った値段以上の費用をとられます。ライカ年表によるとこの704500というボディー番号は、あの1954年の初期ロットの製品です。ところが交換用のファインダーは、二重像のフレームに深度表示の角のある新しいタイプだと聞くに及び、オリジナル性を損なうことにもなり、一時は修理を諦めかけていました。クラカメファンの習性とでもいうのでしょう。ところが修理の人もその辺が気になったのかどうかクリーニングしてみたら綺麗になったので交換の必要はないという、ホッと胸をなで下ろしたことを覚えています。

Leica M3  M3の初期製品は、フィルム巻き上げがダブルストロークで視野変更のセレクターレバーもなく、それにフィルム押えはガラス圧板です。それでも私はこの初期型M3に満足していました。必要なオーバーホールも頼んでおいたので、帰ってきたM3は軽快そのもので、使い心地を満喫させてくれました。

 製造が中止されて何十年も経つカメラが、こうして完動品として戻ってくるのもライカならではのことでしょう。

 それまで使いなれていたライカIIIfとさほど写りが違うとも思えませんが、ファインダーの見やすさや軽快なシャッターフィーリングは、どのカメラにもない満足感を私に与えてくれます。手持ちで10分の1秒を切ってもブレないという自信も持たせてくれました。ショットの瞬間「うまく撮れた」という満足感を与えてくれるカメラでもありました。M3の良さを聞かれても、フレームの自動切り替えはともかく、一軸不回転ダイアルやレバー式巻き上げなどといっても今では死語になっていて通用しません。「ヨーするにライカM3なのだ」とフィーリングを強調して逃げることにしています。フィルムの入れ難さは「いやM3だから」と気にならないのが不思議です。  今は少年の頃に見た憧れのスタイル、ライカメーターを載せて愛用しています。一生私のもとに残るカメラでしょうね。

 購入のポイント
 以上は1990年の AJCC(All Japan Classic Camera culb) の機関紙に投稿した手記を少し手直ししたものです。このM3を買った頃はライカブームも今ほどではなく、中古価格も安定していました。その後米国には何度も行きましたが、ライカは年々少なくなっていく印象を受けていました。シャッターバグを見ても最近は数が少なく、値段も高くなっているようです。カメラリペアブックの著者エドロムニー氏によれば、米国では一部のコレクターを除いて高いライカは誰も買わないし、事実売れないそうです。したがって、今世界の中古ライカは異常人気の日本に集まってきているようにも思えます。
 日本の場合、ライカに限らずクラシックカメラはコレクティングアイテムではなく完動品のカメラとして売られているケースが多く、お店に並んでいるきれいなライカはオーバーホール済み、もしくは完動のものが普通です。従って海外から買うより割高になることは否めません。安いからと海外から買ってオーバーホールにずいぶん高いお金を払った経験も少なくありません。中古カメラは数が限られているので需給のバランスの上に価格が成り立っています。綺麗だから、ブラックペイントだから高いということはあっても、高いからよく写るという図式は成り立ちません。また、ライカだからよく写るという神話は1950年代以前の話であることも知っておくべきです。M3ファンの中には、シングルストローク(SSという)が最高という人もいれば、ダブルストローク(フィルムの巻き上げを2回で行う DSという)こそ本物という人もいます。私もいろいろM3を使いましたが、どれにしてもマニュアル機であることにかわりはなく、写りにそう差があるわけではありません。私見ですが、後期のシングルストロークはライカM2(次のモデル)と部品の共通化を計ったためか、シャッターフィーリング(音)やフィルムの巻き上げの滑らかさは初期のダブルストロークの方が優れているように思います。価格が安い点がそう思わせるのかも知れません。

 私のライカ

 この十数年で使ったライカは、III型(2台)、IIIc(2台)、IIIf(3台)、M3(3台)、M2(3台)、M6(1台)、CL(1台)です。最近ではニッケルエルマー付きのIII(D3)型でモノクローム、エルマーF2.8付きのM3(初期型)でカラー撮影を楽しんでいます。散歩カメラという使い方が多いせいかレンズ交換はあまりしません。ライカCL(M Rokkor40mmF2)は4x5カメラと併用して露出計代わりに使うこともあります。
 大半は海外からの調達ですが、不思議にM2だけはすべて日本で買っています。これらのライカの半数は国内でオーバーホールしています。中には友人に譲ったものもあり、全てを今所有しているわけではありません。(1997年秋、T.Kubo記)