ライカ VS コンタックス論争



 1936年アサヒカメラ誌上に、両者の性能を併記比較し、コンタックスに若干有利な記事が出るに及んでこの論争は最高潮に達した。しかしこの問題はライカ、コンタックスの愛用者の間の問題であって、ツァイス社もライツ社も関係はしていなかった。このアサヒカメラの記事に對してシュミットの井上氏に一言いったらどうかというライカ愛用者達の大きな要求が、シュミットより出された有名な「降り懸かる火の粉は拂はねばならぬ」という20ページの小パンフレットとなった。(中川一郎著「ライカの歴史」より)

 有名なこの幻のパンフレットの内容を原文のまゝテキストにしてあります。
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 この火種の元になった1936年アサヒカメラ誌上の記事の内容に関連した情報がありました。興味のある方はこゝを クリックしてください。