ライカ M3の誕生とその背景

Lens Photo  ドイツのウェッツラーでライカが誕生して今日まで約70数年になる。この間、製造されたライカは150万台を越えている。ライカは発売当時から精密、堅牢、軽量小型カメラとして注目されていた。しかも小型カメラながら写した写真の画質が優れていることに加えて、名刺判蛇腹カメラの全盛時にあって、当時としては他に類をみない画期的なカメラであったため多くのユーザーに支持された。今日全盛の35mmの基礎になったカメラである。

 以来、たゆみなき改良を重ねてライカは成長していった。ライツの技師オスカー・バルナックの発明によるところから、今日ではこの時代のライカをM型と区別するためにバルナック型ライカと呼んでいる。






Lica M3

 時は流れて1954年ライカM3が誕生しM型ライカの時代が始まり現在に至っている。発売当時ライカM3は自他ともに許す世界最高峰のカメラとしてその名声を世に轟かせていた。時代は移りドイツ経済の復興とともに労働コストの高騰、日本製量産カメラの台頭、やがて訪れる経営難から他企業による資本介入などライツは苦難の道をあゆむことになる。この間世に出されたライカはM2、M4、M5と続き今なおM6という優れたライカを世に送っている。