なぜバルナック型ライカか?
 写真のカメラを買ってもう20年になる。以来出張や散歩のお供にいつも持ち歩いている。使い続けているせいか一度も不具合や故障もなく今も元気である。とはいえ距離計の二重像はかなりあやしくなっているがよほど暗い被写体でないかぎりピント合わせに困ることはない。いわゆるブラック・シンクロモデル(初期型)で中古市場ではお手軽値段のIIIFである。ストロボは1/30秒に同調する。
 レンズはエルマー5cm F3.5、70年くらい前の俗称ニッケルエルマーだか軽くて良く写る。絞りは大陸メモリ(3.5、4.5、6.3、9、12、18)だが不便を感じたことはない。他にも50ミリレンズは数本あるがたった「ひと絞り半」明るいだけで重さは3倍にもなってしまう。エルマーは沈胴型なのでライカの携帯性がすこぶるよくなる。10年くらい前にグリースがあやしくなってきたのでメンテに出したことがあるがレンズの値段より高かったことを覚えている。19ミリΦのスカイライトフィルターはレンズ保護用である。ケースもキャップもないので気休めといった方があたっている。
 唯一の贅沢といえばライツ・ブライトラインという50mmの外付けファインダーだ。被写体が隅々までよく見えることは写真のできに影響すると思う。内蔵ファインダーはお世辞にも見やすいとは言えないからだ。当時「牛が引ける」と皮肉られた吊革を使っている。「ゴツイ」印象だが革は丈夫で柔らかくボディにやさしいのが気に入っている。革の表にはLITZ WETZLAR GERMANYの刻印があるが本物かどうかは怪しい。
 ここまで私の常用ライカを紹介してみたが「ライカでなければ」という理由は見当たらない。こじつけるなら故障知らずで、万一故障してもメンテすればまた何十年も使える、いわゆる「一生もの」がこれにはある。日本にはライカの修理業者が多いのでこの点は安心である。何十年も同じカメラを使い続けると自分の身体の一部のようなもの、いわゆる「手の内」に入っている。メカの精度や味のある描写などの抽象的な後ろ立ても助けになっているのだろう。記録性の写真はデジカメに任せて、真の写真を楽しむにはやはり銀鉛カメラであると思う。デジカメはフラグシップ機を買っても1年もすればもっと魅力のある新型がでてくる。仕事で銀鉛カメラを使うことはなくなった現在、無性にプリミティブなライカで写真を撮ってみたくなることがある。せめて趣味の世界で写真を撮り続けたいと思っている。  

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